感覚も意識も麻痺させるぬるま湯
2025年12月3日
読了時間: 2分
更新日:8月12日
嫌われたくない。
傷つきたくない。
安全でいたい。
そう思っている人に最強の生き方がある。

人生なにもしなくていい。
今の時代は平和だ。
みんな優しい。
何となくでも生きていける。
そう、だから「普通」でいい。
全力でみんなと合わせるんだ。
みんなと同じような服を着る。
みんなと同じように考える。
みんなと同じような生活をする。
みんなのマネをする。
無難に当たり障りのないように。
安全に生きる。
二度と戻ってこない時間を使う。
みんなと同じようにSNSを見続ける。
みんなと同じように動画をスクロールする。
それが一番楽だ。
そうやって自分らしさを消す。
自分の人生の可能性をかき消す。
寝て起きたらいつもの自分に戻る。
過ぎ去った時間を振り返る。
どれだけ願っても戻ってこない時間を悔やむ。
ぬるま湯は心地いい。
抜け出せないように仕組まれている。
みんなと違う判断はしなくていい。
しかし、このすばらしい人生は条件がある。
自分の本当に生きたい人生にはたどり着けない。
それと引き換えでしか楽をすることはできない。
だから、ぬるま湯に浸かる人は気づけない。
みんなと同じことをしながら、人と違ったことをしていると勘違いしている。
昔から人と違ったことにしか興味がなかったと、平然と言ってのけるプライドだけは高い。
自分のしてほしいことばかり人に求めていることを忘れる。
自分ですることも忘れる。
「有難うございます」は、もはやビジネスライク。
謝ることはプライドが許さない。
みんなと同じことをしながら、人と違うことをしていると信じ込む。
ぬるま湯は、感覚も意識も麻痺させる媚薬である。



