誰でもいい人は、どうでもいい人に出会う
- 2月5日
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更新日:8月12日
肩たたきにあった40歳の女性。
たまたま目にした「ホステス募集」の貼り紙に吸い寄せられ、高齢者バーで働き始めることになった。
すぐにでもお金が必要で焦っていた。
40歳で高齢者バーに採用されることに驚愕するが、40は高齢者に属する時代になったのだろうか?
いや、本題はそこじゃない。
彼女は、店内で一番若く、美人にも関わらず、指名がつかずに半年もしないうちにやめた。

医療相談員として勤務していた60歳の男性も同じく肩たたきにあい、転職活動を開始。
すると、私立高校の国語の常勤講師に採用され、今年で3年目、63歳の春を迎えた。
両者の運命の違いは何だろう?
一言で言えば、どこでもいいから、どうでもいい扱いを受ける、ということに尽きる。
「高齢者バー」というからには、顧客が求めるのは、高齢者と言えるスタッフだろう。
この店が何歳からを高齢者と呼んでいたかはわからないが...。
高齢者バーに来るお客さんで40歳を求める人はどれくらいいるのか?という話。
お客さんにとって、美しさや若さはどうでもいいから指名しなかったのだと言えなくはない。

かたや、60歳で教員に採用された男性も、若さはどうでもいいから採用されたと言える。
本人も、大学で国語の教員を目指していたが不採用が続き、一度は諦めて社会に出た。
それが、まさか60歳で...と喜んでいた。
逆に、この女性と男性との違いは、応募動機である。
女性のほうは、どこでもいいと焦っていた。
だから、どうでもいいと思われた。
男性のほうは、ダメ元で教師を目指し、能力が買われた。
自分の収入源に対して、どこでもいい、誰でもいいと求めれば、自分がどうでもいい扱いを受ける。
世間は因果のため、原因に一致する結果にしかならない。
それに、ターゲットは「用途」で絞らなければ、どうでもいい人としか出会えない。



