自分を責める人はエゴイスト
更新日:8月12日
「自分はダメだ」と、「ダメな自分は嫌われる」は、ニコイチ。
なぜかいつもワンペアで、ワンセット。
また、「エゴ」とは、自分にだけスポットライトが当たっている状態である。
それも、観客がいない舞台の上の自分にだけスポットライトを当てる。
エゴイスティックというと、自分勝手、好き放題、というイメージがあるが、必然性もなく、いたずらに自分を責めることも「エゴ」という。
なぜなら、他人じゃなくて自分のことを責めて、「私が悪いんです」としか言わないから。
言うだけで、事態の改善のためのアクションを起こさないのが、自分を責める癖のある人である。

自分が悪いんだ
どうせ私は嫌われてるんだ
そんなエゴに囚われてしまった時は、自分以外の場所にスポットライトを当てる場所を変えるだけで、自分を責める癖はなくなる。
また、自分を責めるエゴイストの近くには、自分の非を謝らないエゴイストが必ずいる。
利己主義者は同じ利己主義者と出会うが、罪悪感は、損得、優劣、上下という対比する関係によって表面化する。
そのため、謝らない人は謝る人と出会うことで、「謝らない」という目的を達成する。
自分を責める人は、「謝る」という目的を達成する。
人は、自分の目的を果たすものと出会う。
つまり、やってしまった身勝手な私と、やらせてしまった身勝手な私が出会うのだ。
だから、周囲に「自分を責める人」がいれば、必ずそこには自分の非を謝らない人がいる。
お互い利己主義のため、言うだけで事態の改善のためのアクションを起こさない。
年齢や勤続年数、肩書だけで上下関係ができているため、上は下よりできると思い込んでいる。
しかし、どちらも低次元であることに変わりはなく、給料に差はあっても、真価は同じである。
仕事は増え、サービスは減り、商品単価は上がっているという特徴を持つ。



