人は見た目が9割の真実
更新日:8月12日
容姿の良さを指して「見た目が9割」と思われることが多いが、それは誤解である。
正確には、「人間性は見た目が9割」である。
これは、振る舞いなどの所作、態度、姿勢、動作から伝わる部分が大きいという意味をもつ。
モノであれば、持っているモノではなく、持ち方、扱い方を指す。
9割という数字は、「それくらい大きい」という意味であり、エビデンスとしての数字ではない。
態度や振る舞いなど、人から見える部分が整っている人は、自分を大切にできていると言われる。
例えば、洗面所を使い終わった後、周囲を拭くなどは、普段から習慣になっているからどこでも無意識にやってしまう。
入り口で靴を揃えるなどは、日本人の価値観に当たり前にあるのではないだろうか?
帝王学が必須の皇室は、まさに「人間性は見た目が9割」を現していると言える。
また、「人間性は見た目が9割」は世界共通であり、国民性が見える。
私たちは、無意識に母国愛があるため、見える部分が整っている人ほど自分を大切にできているという非言語メッセージが内包されている。

特に日本人の「配慮」という概念は、世界から感動されることが多い。
事実、ビザなしを許可されているのは日本が最も多く、言ってみれば顔パスで通れる国が一番多いのが日本なのだ。
こうして「人間性は見た目が9割」という言葉は、信頼というブランド価値を視覚化したものになる。
それは、穴のあいた「靴下とデニム」ほどの違いがある。
靴下に穴があいていることは、靴を脱ぐ状況がなければ見えない。
穴のあいている部分が足の裏なら、正座などをする状況が起きなければ見えない。
しかし、デニムに穴があいていることは、状況を問わず見える。
つまり、穴のあいたビンテージデニムを穿いている人の9割は、穴のあいた靴下を穿かない、という「察しがつく」のである。
人は、「この人はこういう人だろうな」と察しがついてはじめて、会いたいかどうかを判断する。
その「察し」を、期待という。
実際会ってみて、靴下に穴があいていたり、背景に欠落したものがあれば、興冷めするだろう。
「美しくなれる」と言われて行ってみて、美しくないものが見えただけで、ほしい未来がないと判断される。
だから、「行ってみればわかる」とか、「やってみればわかる」と言う人は、『行ってみたい』とか、『やってみたい』という人がいる人間の言う事である。
間違っても、「うちの商品はやってみたらすごさがわかる」と言うだけでは、やってみたいとは思われない。
なぜなら、お客さんは、すごいものがほしいわけではないから。
こういったプライドが、「人間性は見た目が9割」の"人間性"を覆い隠し、信頼の邪魔をする。
「目は口ほどに物を言う」とは、このことである。
「見た目が9割」は、高級な服を着ているから人間性がいいという意味ではない。
美人だから性格がいいわけでもない。
言葉は言い間違うことがあっても、非言語から伝わる人間性に間違いはない。
また、この「非言語」は、意識して出るものは少なく、無意識に相手の印象を決定づけている。
しかし、本人は気づかないことが多い。
私は、相手の状況に配慮できない人と数年関わったが、本人はまったく気づいていなかった。
もちろん、振り回されるので疲れる。
当然、どれだけすごいものを持っていても、会いたいとは思わない。
だから、やってみたらわかると言われても、その人からやってみたいとは思わない。
結局、商品も、「人間性は見た目が9割」を投影するため、技術力より、伝え方の9割で売れるかどうかがすでに決まっている。





